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2011年1月

2011年1月27日 (木)

映画「ヤコブへの手紙」

「ヤコブへの手紙」 クラウス・ハロ監督

1月19日(水) サービスデーのため1000円で観賞

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フィンランド映画といっても僕は「レニングラード・カウボーイ」のアキ・カウリスマキ監督作くらいしか知りません。そういえば首都ヘルシンキを舞台にした作品だと「かもめ食堂」があったっけ。今作はフィンランド独特の風俗が出てくるわけでもないし、ただの片田舎が舞台なのでフィンランドの観光が楽しめるわけでもない。でも寒々しいけれど自然に溢れた風景はとても住み良さそうで、「かもめ食堂」もそうだったけどフィンランド=住み良さそうなところとして僕の心にに再び焼き付きました。

主な出演者はたった3人。上映時間も75分という小品。今年初泣き映画となりました。

恩赦を受けて刑務所を出所したレイラは、盲目の牧師ヤコブと生活をともにすることになります。レイラの仕事は毎日届くヤコブへの手紙を朗読し返事の代筆をすることです。今作にはこの2人と、手紙を届ける郵便配達人の3人だけで物語が進行していきます。

牧師であるヤコブは本来ならばキリストが生きる支えになるはずですが、盲目のヤコブの生きる支えは手紙です。一方のレイラは生きる目的を失っているうえに、それを探そうともしていません。

そしてある日を境にヤコブの元へは手紙が一通も届かなくなります。心の支えが絶えたときヤコブは絶望します。同じとき一方のレイラも自分がまったく社会とつながりがないことに絶望します。ヤコブの元を去ろうとタクシーを呼んでも行き先がないのです。そして一つの終末と一つの心の灯に火がついたところで今作は終わります。

孤独を孤独と受け止めることができず、感情さえ封印している人間が、現実を受け入れたとき、死に救いを求めるという構図を今作は一度提示します。しかし、死に救いはないことは明白で、鎧をまとうように感情を閉ざしていたレイラが感情を吐露することで、涙を流すことさえできる人間性を取り戻したラストにぐっときました。そして号泣でした。

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2011年1月17日 (月)

映画「酔いどれ天使」

「酔いどれ天使」 黒澤明監督
1月16日(日) 東京芸術センター・シネマブルースタジオにて鑑賞

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1948年―昭和23年の作品。黒澤映画における三船敏郎のデビュー作。タイトルの「酔いどれ天使」は主役の町医者志村喬を指しているのですが、若き三船敏郎のエネルギー大爆発の演技と存在感で完全に主役を食ってしまっています。見終わったあとには三船敏郎の印象しか残りません。この強烈な個性に出会ってしまったら、黒澤明監督が以後自作に使い続けた理由もわかります。

闇市を支配する若いヤクザ(三船)が結核に罹り、症状が悪化するにしたがって没落していきます。その三船を事あるごとに気遣い、ヤクザな生活を改めるよう尽力するのが町医者の志村喬です。

このどんどん三船が没落していく過程を黒澤明は近年のイーストウッド並に容赦なく描写していきます。離れていく愛人、同じように距離を置いていく子分、闇市の人間からも蔑まれ、三船は強い孤独感と自尊心の崩壊によってまるで幽霊のように変貌します。

そしてクライマックスの決闘シーン。洗濯物がたなびく物干し台に仰向けに倒れる三船敏郎の姿。アンジェ・ワイダの「灰とダイヤモンド」のラストシーンは間違いなく黒澤のこのシーンから影響を受けているはずです。白いペンキの中をのたうち回ったため黒いジャケットまるで死に装束のように真っ白に染まっています。とても惨めな死に方だというのに画面の迫力と美しさに釘付けになってしまいました。この演出は今でもまったく色褪せていません。古い映画を見ていて思うのは当時の風俗は確かに今には通じないけれども、フィルムに刻まれた監督の意図やカメラ、美術の仕事はぜんぜん古びないということです。

大好きなルシンダ・ウィリアムスの「Drunken Angel」という曲に、この「酔いどれ天使」の映像を重ね合わせた動画をユーチューブで発見しました。ぐっとくるな〜。

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2011年1月16日 (日)

映画「ソーシャル・ネットワーク」

「ソーシャル・ネットワーク」 デビッド・フィンチャー監督
1月15日(土)鑑賞券により1280円で鑑賞

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いろんな人が語るだろう映画だから短く感想を。

僕はこの作品でデビッド・フィンチャー監督が描いたマーク・ザッカーバーグ像が最後まで嫌いになれなかった。奴はアイデアをパクリ、親友を裏切り、でも何も反省していない。そして孤独な億万長者になるわけだけれど、それ以前に奴はそもそも、親友を親友とも思っていなかったし、アイデアをパクったとも思っていなかったというふうに描かれている(というように僕は見た)。プログラミングしている以外はぼんやりとしている彼にはそもそも僕達が思う「成功=エンジェル投資家が現れ、その後ベンチャー投資家が現れて巨万の富を得る」ということなんかどうでも良い。自分がプログラミングした誰にも真似できないフェイスブックというSNSに魅了された男として映った。大学内のカーストというかヒエラルキーに対する復讐という面もあるのかもと思ったけど、そんなのものもフェイスブックを得てしまった彼にはどうでも良いことだ。もちろん動機ではあったかもしれないけど。つまり裏切った裏切られた、そしてパクったパクられたも、クラブに入れない劣等感に関するうんうぬんも、すべては彼の外部、彼のことを親友だと思っていた人間、彼にアイデアを提供していたと思っていた人間による空騒ぎにしか彼は思えなかったんだろう。実際のマーク・ザッカーバーグという人がどうかはわからないけれど、彼は孤独を苦しいとは思っていないのではないだろうか。そんな男の気持ちを僕は共有できないけれど嫌悪もしない。そんな男がいたっていう物語なんだな。

ツイッターでは音楽のこととか色々つぶやいたけどそれらは省略なり〜。

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2011年1月15日 (土)

映画「しあわせの雨傘」

「しあわせの雨傘」   フランソワ・オゾン監督
1月14日(金)  TOHOシネマズデーのため1000円で鑑賞

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ブルジョワな生活をしていた雨傘会社の社長夫人が、夫に代わって経営を任されてみたら、意外な才覚が発揮されて、でも男は……という話。

ぬるいコメディかなと見終わった直後は思ったけど帰りの地下鉄でぼんやり映画を反芻していたら違うんじゃないかなとピンと来た。以下妄想です。

1978年とか79年というまだ社会を動かすのは男でなければ当たり前な時代が舞台になっていて、その時代性を見間違うとただの女性上位映画で終わってしまうと思ったのです。

結果的にヨーロッパではその後サッチャーとか女性の宰相が生まれたりして女性が時代をリードした歴史もあるので、今作ではその先駆けのような女性の話なのです。だから男は徹底的に馬鹿で間抜けな存在に描かれて、唯一格好良く描かれる男も実はゲイ。

確かに古来から本当は女性だって強かったんですよね。嫌、女性の方が強かった。女性だって自己をもっていたし、今作で言えば浮気を重ねる夫をおっとり見守る奥さんだって実はマッチョな男が大好きで……とか。

でもそれを21世紀になって11年経った今振り返ってみると、そんなに女性だけが強くて優秀だったわけではないことも実感するわけです。「人生は素晴らしい〜〜」と唄うドヌーヴの姿が滑稽に見えたり……という監督のいじわるな視点があったのかな。という妄想ですが。

カトリーヌ・ドヌーヴの年齢の重ね方って不思議だ〜。洋の東西を問わずに、超美人女優さんてダイエットにダイエットを重ねて、鶏がらのようになっていくイメージがあるからさ。ヘップバーンだって浅丘ルリ子だってそうだもんね。それがドヌーヴさんは違った。今の松坂慶子に通ずる恰幅の良さ。太ってはいない健康的なふくよかさ。素晴らしい年齢の重ね方だと感嘆しました〜。

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2011年1月14日 (金)

映画「モンガに散る」

「モンガに散る」 ニウ・チェンザー監督
1月10日(月) メンズデーのため1000円で鑑賞

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裏社会に足を踏み入れた5人の高校生が、歓楽街モンガの覇権を巡る内省人と外省人、伝統派と改革派との複雑な争いに巻き込まれていくというストーリー。

ストーリーを追いかけるのが面倒になるほど作品全体を彩る映像が素晴らしかった。80年代のモンガという昔ながらの繁華街、日本で例えたらアメ横とか浅草なのかな、そんな歴史があるゆえに雑多、雑踏など「雑」の字が似合う街が舞台。そのモンガという街の描写も、赤や黄色といった原色が際立つ色の感覚が強烈で、いい感じで酔わせてもらえました。美術スタッフ相当頑張った。今作のように映像に凝っていると、得てしてアート志向の雰囲気映画になりそうなのに、そうならないのは脚本の力ですね。

今作では日本の「桜」の花が重要なポイントになっていて、タイトルの「モンガに散る」の「散る」っていう単語も桜を連想させます。最後まで見終わったあとになるほど〜と思えるんだから邦題を付けた人のセンスに拍手。ただ台湾の人が思い描く日本の桜の色は「赤」。でも僕らが思い描くのは淡いピンクだから、ちょっと違和感がありました。でも、それでも最後の桜は美しかったなあ。

個人的には劇中のエア・サプライに心が揺れました。今作ではエア・サプライの「Making love out of nothing at all」のカバーが3回流れます。あのダサイの代名詞だったエア・サプライにグッとさせられるとは自分でも驚き。そして、そのうち2度は主役の男の子と娼婦の女の子が、カセットウォークマンのイヤホンを二人で分け合うという形で流れます。懐かしくなんとも心にぐっとくるシーンでした。

とても面白く見られた作品だけど、いかんせん長い。最近はどんな映画を見ていても2時間を越えてくると、早く終わらないかな〜と思うようになっちゃった。老化ですね。

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2011年1月12日 (水)

映画「義兄弟」

「義兄弟」  チャン・フン監督
1月10日(月) メンズデーのため1000円にて鑑賞

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詳しいストーリーはオフィシャルサイトを参照してね

そういえば今年に入ってから3本連続でバディームービーを見ています。ただの偶然なんだけど、ま、だからどうってことはないです。

主役の二人がたまらなく愛おしくなりました。アクションシーンよりも二人がお互いの立場を牽制しながらも絆を築いていく中盤の描写にたまらなくやられてしまいました。カン・ドンウォンが鶏を捌いて水炊きにする、それをソン・ガンホがうまそうに食べる。うーむ。まるでジョニー・トー。見ていてニヤニヤしてしまいました。

そしてぼくはやっぱりソン・ガンホが大好きなことを再確認。粗野で自己中心的だけど内面は優しい……そんな今作の役が本当にぴったり。ふと思ったんだけどソン・ガンホが日本人だったら「男はつらいよ」の二代目車寅次郎に適任ですね。

結末はもっと硬派を期待したけど、まあ、僕はあれでもいいと思う。それから北朝鮮からの脱北ビジネスに関しては「クロッシング」という映画を見て知識があったから、カン・ドンウォンとその家族についての結末についても異論はなかったです。ないと思うけどパート2が見たい。この2人の義兄弟の姿をもっと見たいなあ。

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2011年1月11日 (火)

映画「アンストッパブル」

「アンストッパブル」 トニー・スコット監督
1月9日(日) ポイント使用で無料で鑑賞。

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無人のまま暴走し続ける劇薬を積んだ列車を、デンゼル・ワシントン演じるベテラン車掌と新スター・トレックでカーク船長を演じたクリス・パインの新米車掌が、それを食い止めるために命をかける。大興奮でした!

暴走列車の現場、作戦指揮室、そして中継するテレビニュースという視覚の切り替えが抜群。様々な視点から現在起こっていることを一つの道筋に重ねていきます。トニー・スコット監督は物語を多角的に描くのが本当に上手いなあ。モニターや地図が並んでいて、無線でもって現場とやりとりするという作戦指揮室ものはトニー・スコット監督に任せておけば問題ないですね。前作の(ちょっと残念だった)「サブウェイ123 激突」しかり、めちゃくちゃ興奮した「スパイ・ゲーム」 しかりです。

典型的なベテランと新米のコンビものなんですが、今回はどちらも家庭にトラブルを抱えていて、その不安の中でミッションに当たるわけです。どちらのトラブルも二人が必死に列車を止めようとする過程をその家族が見ることで溶解していきます。その見せ方が嬉しい。それはテレビのニュース映像なんですね。破綻しかかっていた夫婦関係も、冷えきった親子関係も、テレビのモニター越しに映る夫と父の命がけの奮闘を見たら雲散してしまう。「お父ちゃん頑張れ!お父ちゃん負けるな!」てなもんです。男の真の勇気を家族に見せつけられることなどそう滅多にないですからね。

そんでもってデンゼル・ワシントンの二人の娘はバイト先で父の奮闘を見ることになるのですが、そのバイト先が「フーターズ」!ヒュー、ヒュー!例のコスチューム姿でお父ちゃんを応援します。

さらにこれもよくある現場と上層部との対立。これもよかった。ジャケットにネクタイ姿の奴が立てた作戦なんか絶対失敗する、作業着を着たベテランの腕と技術が列車を止めるんだ〜という、ありきたりといえば、ありきたりなんですけど、列車を止める術がアナログ的要素しかないから余計に興奮してしまいます。

トータル90分という上映時間も最高でした。冒頭の車のドアミラー越しから子供の登校風景を見守るというシークエンス。60秒もないたったこれだけで、この男は家庭に不和を抱えているし、子供とは離れて暮らしているんだなという背景がが分かる。これが下手な監督だと、男の背景を描くのにだらだらと時間を使ってしまう。だから映画が間延びして、120分越えの映画が増えてくるわけです。また日本映画で顕著なのが、物語が着地した後の余韻の無駄な長さ。今作では、分からず屋の上司に対する後始末なんかラストのワンカットとエンドロール時のキャプションだけ。日本映画は製作者が余韻に酔いすぎですね。余韻は観客が勝手に浸るので、物語が着地したらスパッと切っちゃえば良いのに。そんなわけで、手に汗握ってスカッとする本当に楽しい90分でした。超おすすめ!

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2011年1月 8日 (土)

映画「相棒 劇場版II 警視庁占拠! 特命係の一番長い夜」 

「相棒 劇場版II 警視庁占拠! 特命係の一番長い夜」 和泉聖治監督
1月1日(土) ファーストデーのため1000円にて鑑賞

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入り口で右京さんのポストカードをもらいました。

離婚して実家で生活するようになってから、毎年、1月1日の元日は母と映画を見に行くのが慣例になっていて、銀座や日比谷に出た時期もあったけれど、最近は近所にTOHOシネマズができたのでそちらへ。去年は「カールじいさんの空飛ぶ家」を見たっけ。そんでもって今年は「相棒II」をセレクト。

で、今作。詳しいストーリーはいつもどおり省略。オフィシャルサイトを参照してね

公安の存在意義が薄れているのは確かにわかります。現在の日本では確かに公安の最大の仮想敵である極左が弱体化しちゃったしね。もちろん極左以外にもテロを計画をしている集団がどこかに潜んでいるかもしれない。だから、公安は人しれず密かに仕事をしているんでしょうね。確かに成果を上げているかどうかを表向きにアピールできない公安に対しての風当たりや、予算の割り当てが厳しくなるのもわかります。でも、だからってね〜〜っていうのが感想。

あくまで組織にこだわり、組織のためなら人の命を石ころのように扱う警視庁の上層部。それに対する右京さんの貫くまっすぐな正義という対立軸はよかった。いくら立てこもり犯であっても彼は間違いなく「人」であり命ある者には違いないですもんね。

物語、スケール的にはもっと広げられたのでは?とも思うし、ボート部に関する謎解きは微妙に退屈でした。謎解きの際にそうだったのか!!というカタルシスがあればもっと良かったのに。

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2011年1月 7日 (金)

映画「ゴダール・ソシアリスム」 

「ゴダール・ソシアリスム」 ジャン・リュック・ゴダール監督
12月28日(火) 会員デーのため1300円で観賞ではなく入場

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ごめんなさい。爆睡してしまいました。というのも、この日は仕事納めの日で、ランチ替わりにオードブルを注文してお疲れの会をやったのです。とはいえたった5人の小さなプロダクションですから本当にささやかな会です。ビールで乾杯し、日本酒が1升空き、バーボンが空きで夕方にはかなり出来上がっていました。

でもまあ大丈夫だろうと、居眠りはしないだろうと、高を括ってシャンテ・シネへ。酒臭さで周りに迷惑をかけないようにブレスケアを何粒も飲み込んで、口はリステリンでクチュクチュ。そんな感じで挑んだんですが、だめでした。たぶん予告編の段階で寝ていたと思います。ちょっと目覚めてはガクリ、ちょっと目覚めてはガクリの連続でした。楽しみにしていたパティー・スミスのお姿も拝めなかった。リベンジします。本当にごめんなさい。

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映画「「ヤギと男と男と壁と」&「ハング・オーバー」

「ヤギと男と男と壁と」&「ハング・オーバー」
12月26日(日) ギンレイホールにて観賞

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映画はどちらも楽しく観賞できました。

飯田橋にあるギンレイホールは昔からある名画座で、訪れたのは本当に久しぶり。学生のころから頻繁というとウソになりますが、たまに訪れた劇場です。そういえば同じ建物の地下には「くらら」という成人映画の劇場があったんですが消滅していました。同じようにすぐそばには「佳作座」という名画座もあったっけ。

記憶をたぐってみるとここで最後に見た映画は「ハイ・フィデリティ」のはずで、劇場のホームページにある過去の上映作品を参照してみると2001年6月16日〜29日となっています。びっくり10年ぶりだ〜。そういえば椅子も豪華になっていました。

僕がここで見た映画で一番記憶に残っているのは学生のころに見た「レッドツェッペリン強熱のライブ」と「ウッドストック」の2本立て。ウッドストックで爆睡し、ツェッペリンは完走。さらに数日後「ウッドストック」を見に来たけれどもまたも完走できずという記憶がありますね〜。

でもってギンレイホールというより名画座で映画を見ること自体が久しぶりで、そして久しぶりの名画座体験はとても気持ちがいいものでした。朝一の回だというのにほぼ満席。ビックリというより驚き。お客さんのマナーが本当に良くてさ〜ガリガリ、ぽりぽり音を立ててモノを食べる人もいないし、お喋りする人もいない。エンドクレジットまでほとんどの人は席を立たないとか。

お昼をまたぐので1本目と2本目の間の休憩時間がお弁当タイムな感じになっていて、ほとんどのお客さんがお弁当を食べているというほほ笑ましい光景。もちろん僕も事前にサンドウィッチを買って入場しました。これなんだよね、この感じ。2本立てだからお弁当が必要っていう感じが名画座なんだよね〜。菓子パンとか売っている劇場もあったっけ。

僕が学生だった頃はほとんどの映画を名画座で見ていました。一番通ったのは池袋の文芸坐と文芸地下、そしてこのギンレイホールと佳作座、柱が邪魔な銀座の並木座。北千住で下宿していたときに、白亜の地下に新しい名画座ができて、ここでは映画が変わるたびにほとんどすべてのを映画を見たっけ。お金のない学生には名画座は本当にありがたい存在でした。

今でも都内には幾つかの名画座が残っているのが嬉しいです。見逃した映画をチェックしたり、もちろん格安で2本見られるわけだから学生にも人気があるんだろうな。とはいえぼくのような会社員は時間に限りがあるなかで、さらにチョイスして映画を見ているわけだから、新作を追いかけるので精一杯。なかなか名画座にはいけないのが本音だったりします。

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